毎週月曜日更新
剣道とは、剣(竹刀)により道を求めるものです。全日本剣道連盟では昭和五十年に「剣道の…
剣道界においては何の功績もなく、私のような者に投稿の機会を与えていただきましたこと…
剣道は、刀剣を持って身を守り、相手を倒すことを修錬する道として長い歴史の中で受け継がれ…
書斎に「直心是道場 八十翁 刀耕書」の軸を掛けています。範士九段小川忠太郎先生(元…
剣道は四十の手習いで始めさせていただいたもので経歴といえるものはなくおこがましい限り…
剣は心なり心正しからざれば剣また正しからず剣を学ばんと欲すればまず心より学ぶべし…
戦後剣道が復興し、水戸東武館の道場が立派に再建された昭和二十八年に、八歳の私は入門…
この言葉は福島県警察の剣道特別訓練員となって間もなく、当時の大越敏夫先生(昭和三十六…
「施無畏」私がこの言葉を初めて耳にしたのは、昭和三十六年、二十一歳のときでした。…
この言葉は明治大学体育会剣道部時代、祝要司先輩からお聞きし、厳しさに耐えることの…
二〇一一年三月十一日の東日本大震災の折には、全国の剣道愛好家の皆様からお見舞い、並び…
この十月中旬、福岡の牧瀬憲保範士ともに第十五回全ロシア剣道選手権大会の為、モスクワ…
故、法政大学剣道部長、範士八段丸山義一先生の卒業送辞の言葉でした。当時はそれ程気に…
先日、ひょっこり長男が家に顔を出した。どうやら泊まっていけるということなので、妻も…
この言葉は元大阪大学総長の山村雄一先生(1918~1990)によるものである。山村先…
「貴方の好きな言葉は」と、問われたら迷わず私は絆と答えます。絆とは絶ち難い繋がりで…
坂村真民の随筆集「念ずれば花ひらく」の中に、「すべては光る」という詩があります。この…
「人間到る処青山あり」この言葉を私は、異動や思考の転機が来ると思い出す。国士舘大学…
文武両道とは、剣道の長い歴史の中で言い伝えられてきた言葉で、「文」は学問全般を「武」は…
三月十一日、私の還暦の誕生日。テレビでは、未曽有の歴史的大津波の実況中継。ベッドに…
「渾然一体」これは講談社の初代社長、野間清治の話されたお言葉であり、現に講談社の社…
平成二十三年七月に逝去された恩師濱田征平範士八段が座右の銘とされていた言葉です。濱…
剣道の教官だった父近藤利雄は終戦後、剣道の復興と剣道観を私たち子供によく語りかけて…
私の好きな言葉と問われ、即座に応えられるものに二つある。燈心と如水である。少年時代…
私が終始変わらずに揚げている言葉が二つあります。一つは「流汗悟道」という言葉です。…
この言葉は、私が高校で剣道を始めた一年生の夏合宿の夕食のとき、現廃校、元大分県立安…
何事にも好機がある。同じ好機はやがてまた生じる。これは一刀流の理機一閃の教えで「機…
中学時、校舎の中から聞こえる奇妙な音と掛け声に、好奇心たっぷりに窓越しに覗き込んだ…
この言葉は経典『維摩経』の中の一句であります。釈迦の弟子維摩居士と光厳童子の問答。…
平成九年七月、三十有余年勤務した航空自衛隊を退官した。在隊中は主として、戦闘機操縦…
「竹刀を抑えて打つ」これは、師である泉通四郎先生(範士・中西派九段)が弟子たちに残…
歯科医だった私の母方の祖父椙山嘉一は、岐阜大垣の出で神道無念流の「目録」を持ち、戦…
今回揚げた言葉は、皆様ご存じの通り、宮本武蔵に由来する。生涯無敗の武蔵が晩年、武芸…
日々をなんとか無事に過ごせていると、いつも自分を心持のよい状態に置いておきたくなる…
この言葉は、宮本武蔵が永年に亘って命をかけた修行の末に到達した剣術の極意を地、水、…
「古きを修得して新しきを生み出す、そして自らの独創を加え、精髄を極める」私は戦後、…